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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)1338号 判決

控訴人

橋本郁英

外二名

控訴人三名訴訟代理人

吉田健

外四名

被控訴人

財団法人東京港湾福利厚生協会

右代表者

滝口金次郎

右訴訟代理人

小川恒治

外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実《省略》

理由

一当裁判所の判断もまた結論において原判決と同一であり、その理由は次に附加、訂正、削除するほか原判決中控訴人ら関係部分記載のとおりであるから、これをここに引用する。

二1  原判決理由一のうち、原判決〈中略〉一二枚目表三行目から四行目「そして」から七行目「たこと」までの部分を次のとおり訂正する。

「被控訴人は後記認定のように本件建物の各室を改造の上、被控訴人の係員が常雇労働者については各勤務先の港湾荷役業者ごとに、たとえば、日港が五〇九号室から五一五号室、太洋が四〇九号室から四一五号室、芝海が三〇九号室から三一五号室など一室以上数室まとめて利用すべき室を定め、そのうちからそれぞれに属する労働者に対してその利用すべき室を割り当て、日雇労働者については適宣気の合いそうな者同志を同室に指定していたこと、その室内の同室者四名のうち誰がどのベツトを利用するかの指定まではしていないが、利用者は原則として一個のベツトを使用する権利があるとされていたこと、また、被控訴人は必要に応じ一方的に利用すべき室の指定換えをすることができ宿泊の当初から終始同一室の指定を受けているとは限らず、たとえば、昭和四六年一一月当時と昭和四七年八月当時をみると、控訴人橋本が五〇三号室から二〇九号室へ、同広瀬が四〇二号室から五一四号室へ、同大部が五〇一号室から二一〇号室へ指定換えを受けていること、しかし利用者間で勝手に利用すべき室を交換することは禁止されていたこと、使用料は、常雇の者については、各雇主が保証人となつており、かつ、使用料の半額ないし全額を雇主が支払うためと、他方、業者も利用の有無にかかわらずベツド数を確保するため、被控訴人は各雇主に対し、各労働者の利用する予定日数、その雇主に属する労働者のうち誰が使用するか、割当ベツド数中未利用の有無等に関係なく割当室のベツド数を一か月分全部使用するものとして計算し前払いを催告しその支払を受けていたこと、これに対し、日雇の者については、宿泊予定日数も不確定で、保証人は多くの場合所属の労働組合であり、その使用料の全額を自己が負担し、日雇の性質上収入が日給で前払いが困難であるため多くの場合一か月分毎にまとめて後納することが慣行化され、また、被控訴人が毎月末日でその月分の使用料の収支計算をする関係で未納の分として多くは一か月分の使用料をまとめて請求しているが、実際の宿泊日数がこれより少いときは実際の日数に応じて日割計算の上請求していたこと、しかし、日雇の者は、いつたん明渡して再入居する際の手続上の煩雑さや室の割当換えを避けるため、実際に利用しなかつた場合も使用料を支払つている者が多かつたこと、日雇者の月間就労日数には個人差があつたが、控訴人橋本が三日から八日(平均三日)、同大部が九日ないし一六日、同広瀬が一三ないし一四日で、就労しない日も引き続き利用していたこと、利用者の食事の提供は被控訴人の本件建物での事業の一つとなつており、そのために専用の大食堂があり、利用者はここで食事をすることになつており、弁当もここで用意して売却され、契約ないし利用規程上は各室内に家財道具類等私物の持込み利用は禁止されていたが、あまり厳しく規制を行わなかつたため、控訴人らを含め利用者は何らかの私物を室内に持込み利用していることが相当あつたこと、被控訴人は利用者に対し寝具を貸与すべく準備しているが、大部分の利用者は貸与を受けず私物を利用していたこと、」

2  原判決〈中略〉一三枚目表七行目「証拠はない。」の次に行を代えて次の3を附加する。

3  よつて進んで右認定事実に基づき本件建物の利用関係の性質について検討するのに、まず本件建物が東京都所有の行政財産で、被控訴人が昭和三六年以降毎年東京都から使用許可をえて港湾労働者の宿泊等福利厚生事業を行うためこれを使用していることは上に述べたとおりであるから、東京都と被控訴人との関係では、地方自治法二三八条の四、一項により、使用につき私権の設定が禁止され、同条三項(現行法の四項)により使用が許可された場合でも、同条四項(現行法の五項)によりその使用関係については借家法の適用がないことは明らかである。しかし、このことから直ちに、東京都の間の直接の関係に立たない控訴人らのような本件建物を利用する労働者と被控訴人間の本件建物利用関係についても借家法の適用がないとすることはできず、その適用の有無は、専ら右利用者と被控訴人間に成立する右利用関係の法律上の性質および内容のいかんによつて決せられるべきものである。

もつとも、被控訴人が本件建物を使用するについては東京都から厳重な使用条件を付されており、右使用条件に違反した場合には、その使用許可を取り消されたり、許可の更新を拒絶されるおそれがあることはさきに述べたとおりであるから、被控訴人がその事業目的である港湾労働者に対する宿泊および日常生活の利便供与のために本件建物を控訴人らに利用させるにあたつても、前記使用許可条件に違反するような権利義務の関係を設定するようなことは差し控えるものと考えるのが当然であり、このことは、被控訴人が控訴人らとの間に成立せしめる本件建物利用関係の性質および内容を解釈するにあたつて十分に留意されなければならないことは被控訴人の主張するとおりであるけれども、前記東京都の付した使用許可条件のうち本件建物を他に転貸してはならない旨の条件は、それが使用許可に基づく権利を他に譲渡してはならない旨の条件と併列的に掲げられているところからみても、右使用に関する権利の譲渡に等しい転貸を禁ずる趣旨のものと解されるから、このような条件の存在自体は、当然には被控訴人と控訴人ら個々の利用者間の本件建物の利用関係が民法上の賃貸借契約に基づくものとして設定されることを否定するものではないというべきである。

そこで、右の一般的見解に基づき、かつ、上に認定した具体的事実に照らして控訴人らと被控訴人間の本件建物利用関係の性質および内容を考えるのに、被控訴人は旅館営業法に基づく許可を受けて簡易宿泊所営業を営む者であり、行政権を行使する行政主体ではないから、控訴人らに対する本件建物の利用権の設定が行政処分としてなされるものでなく、専ら控訴人らとの間の民法上の契約に基づくものであることは明らかであり、かつ、控訴人らが本件建物の一部を使用し、被控訴人らがこれに対して一定額の使用料を徴するものであるところからみれば、その使用関係が一種の賃貸借関係としての性質を帯有するものであることもまた、これを否定しえないところである。

しかしながら、このことから、本件建物の一部の賃貸借が当然に借家法の適用ないしは準用を受けるそれであると速断することをえないことは、いうまでもない。この点につき、控訴人らは、控訴人らの本件建物の利用が長期間に及んでいること等を指摘し、また、港湾荷役業者らによるその専属労働者のための居室確保の実体が一般の建物の一部賃貸借と全く異なるところがない点を強調して、右利用関係が単なる宿泊契約その他一時使用を目的とする賃貸借にもあたらない通常の建物賃貸借関係とみるべきものである、と主張する。確かに、上に認定したように、(1)例えば控訴人広瀬が昭和三六年一月から現在まで一七年余、同橋本が昭和四六年一〇月から現在まで七年余、同大部が少くとも同年一一月から現在まで七年余の間継続して宿泊しているように長期宿泊者が少なくないこと、(2)宿泊申込はそれぞれ当初の一回だけであり、しかも期間を特定せずに申込をしたのにすぎないこと、(3)使用する室は比較的長期間特定しており、使用者は各室内に家財道具など私物を持ち込み使用していること、(4)控訴人らは使用料を一か月分宛まとめて後払いしていたことなどからみるときは、通常の宿泊契約とはかなりその趣きを異にするものがあることを否定することができない。しかしながら、これらの点も次に指摘するような事情に照らしてみるときは、未だ借家法の適用のある通常の貸借関係とするに十分なものとはいえない。すなわち、(1)控訴人らの宿泊期間が長期に及んだことは、当事者双方が契約当初から予定していたものではなく、もともとは短期間の宿泊を目的としていたものが、たまたま利用料金が低廉なことや利用資格者であるかぎり正当な理由なくしては退去を要求されない等の事情によつて生じた結果的な現象にすぎない。(2)宿泊申込が当初の一回だけであることは宿泊継続の場合便宜上一日毎の申込を省略したものと考えられ、継続宿泊を欲しない利用者は直ちに退去することができ、あえて解約告知を要せず、またこれに関する法的制限に服することもないというのが当事者の意思ないしは事の実質に即するものというべきである。(3)使用する室が比較的長期間特定しているのは利用者の便宜を考慮した結果であり、被控訴人がいつでも一方的に指定替えをすることができること前記認定のとおりであるから、控訴人ら利用者は指定された室について変更されずに継続使用する権利を保持できるものではない。また各室内への家財道具など私物の持込使用は契約上禁止されており、現実に存する持込使用は単に被控訴人の黙認の結果にすぎないこと前記認定のとおりである。(4)控訴人らが一か月分宛まとめて後払いしていたのは、日雇で収入がないため事実上後払いとなつたものであり、実際に宿泊しない日の使用料を支払つているのは明渡及び再入室の手数を省き同一の室、ベツドを確保する便宜的な手段としてしたものであること前記認定のとおりである。以上のとおりであるから、さきに挙げた諸事実によつて控訴人らの本件建物の利用関係を借家法の適用のある通常の賃貸借関係と認めることはできない。

なお、港湾荷役業者の常雇労働者による本件建物の利用については、使用すべき部屋の割当てや使用料の支払関係につき日雇労働者の場合と異なる点があることはさきに認定したとおりであるが、これらはいずれも荷役業者側における必要や便宜とこれに対応する被控訴人側の都合の結果として生じた事実上の現象であり、この場合においても本件建物利用に関する契約関係は個々の常雇労働者と被控訴人との間で成立し、荷役業者は、使用料支払の保証の点を除き、いかなる意味においても被控訴人との間で本件建物について法律上直接の利用関係に立つものでないという基本的関係そのものに法律上の性質変更を生ぜしめるものとは考えられないから、控訴人らの主張するように荷役業者と被控訴人らとの間における借家法の適用のある賃貸借関係を認める余地はなく、控訴人らの主張はすでにこの点において理由がない。

以上のとおりであつて、被控訴人と控訴人ら間の本件建物の各利用契約は、本質的には一般の宿泊契約の範ちゆうに属するものであり、その建物使用関係の面についていえば一時使用を目的とする賃貸借というべく、借家法の適用を受ける通常の借家契約とすることはできない。また、右契約が本質的に継続的な使用関係を予定するものでなく、その実体においてもこれと同視し難いものであること前記のとおりである以上、少なくとも料金の改訂および契約解除に関する限り、借家法の規定を準用すべきものとする控訴人らの主張も採用することができない。〈後略〉

(中村治朗 蕪山厳 高木積夫)

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